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静岡地方裁判所沼津支部 昭和54年(ワ)277号 判決 1980年12月18日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三八四万五四四八円およびこれに対する昭和五四年八月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外株式会社東海真空装置製作所(以下、破産会社という)は、昭和五二年三月一日被告との間に左記約定のもとに左記製作物(以下、本件製作物という)を製作してこれを被告に引渡す旨の製作物供給契約(以下、本件契約という)を締結し、その約旨のとおり被告に対する債務を履行した。

製作物   (一)真空凍結乾燥装置SER―50型一台

(二)真空凍結乾燥装置CER―50型一台

右引渡期日 昭和五二年四月一五日

右引渡場所 被告三条工場

代金    製作物(一)につき金二一〇万円

製作物(二)につき金二五〇万円

右弁済期  昭和五二年五月三一日

2  破産会社は昭和五三年三月二七日破産宣告を受け、その破産管財人として原告が選任された。

3  よつて、原告は被告に対し、右代金の内金三八四万五四四八円およびこれに対する弁済期経過後の昭和五四年八月三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1と2の事実はすべて認める。

三  抗弁

1  被告は破産会社に対し、昭和四九年九月二四日から昭和五一年一一月三〇日までの商品売買代金および修理代金として合計金三八四万五四四八円の代金債権(その弁済期は遅くとも昭和五二年一月二五日である)を有していた。

2  被告は破産会社に対し、昭和五二年六月二日到達の書面により、被告の右代金債権をもつて破産会社の本件製作物代金債権金四六〇万円とその対当額において相殺する旨の意思表示をした(以下、これを本件相殺という)。

3  なお、被告は昭和五二年六月一日破産会社に対し、被告の本件製作物代金債務の内金七五万四五五二円(右金四六〇万円と金三八四万五四四八円との差額)を弁済した。

4  よつて、破産会社の被告に対する本件製作物代金債権金四六〇万円は、本件相殺と右弁済によりすべて消滅した。

四  抗弁に対する認否

抗弁1ないし3の事実はすべて認める。

五  再抗弁

1  破産会社は昭和五一年九月三日支払を停止し、同月八日破産会社から和議開始の申立がなされた。

2  右申立事件につき、昭和五二年一一月九日和議開始決定がなされたが、昭和五三年三月六日和議廃止決定(同月二七日破産宣告)がなされた。

3  被告は、遅くとも本件契約締結時から、右支払停止または和議開始の申立を知つていた。

4  よつて、本件相殺は破産法一〇四条二号本文により無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1と2の事実はいずれも認める。

2  同3の事実は否認する。但し、被告の東京支社(経理課)は同1の事実を知つていたが、本件契約が締結されたことは、昭和五二年五月二〇日頃被告の京都本社から本件製作物の代金を破産会社に支払うよう依頼されるまで知らなかつた。

七  再々抗弁

1  仮に、被告が再抗弁1の事実を知りながら本件契約を締結したとしても、被告の本件製作物代金債務の負担は、昭和五二年三月一日締結の本件契約に基づくものであり、右債務負担の原因たる本件契約は、破産宣告の日である昭和五三年三月二七日より一年前に締結されている。

2  本来、相殺は一種の担保的作用を有し、相殺適状にある以上自由になしうるものであるが、危機時期においては破産債権の実質的価値が下落しているから、相殺を許すと、これをなした債権者のみが完全な満足を得て、破産債権者間の平等的比例弁済の原則に反するため、破産法一〇四条は例外的かつ限定的に厳格な要件のもとに相殺を禁止した。

しかし、破産法一〇四条二号但書末段に該る場合にまで相殺を禁止することは、債権者に余りに苛酷であり、逆に破産者の債務負担が不当に軽減し、破産者を不当に保護することとなり、取引の安全をも害する結果となるから、同規定は、これに該る場合には相殺を許し、原則に復させたものである。

3  よつて、本件相殺は破産法一〇四条二号但書末段により有効である。

八  再々抗弁に対する認否と反論

1  再々抗弁1の事実は認める(但し、本件契約は製作物供給契約であるから、その性質を請負とみるか売買とみるかにかかわりなく、被告が本件製作物代金債務を負担した時期は、その引渡期日たる昭和五二年四月一五日以降であると解する)。

2  本件相殺には左記理由により破産法一〇四条二号但書末段の適用がない。

同号但書において破産宣告から一年前の債務負担行為を相殺禁止の除外事由とした趣旨は、一年も経過すれば、支払停止と破産宣告との関連性が稀薄となるので、むしろ取引の安全を重視すべきとの配慮によるものと解されるのに対し、本件の如く和議開始決定のなされているときには、支払停止と和議開始との関連性は明白であつて、敢えて取引の安全を考慮して被告を保護すべき余地はなく、逆に、和議手続中であれば和議法五条と六条によつて当然に相殺が禁止されるべき被告の債務負担行為が、たまたま破産宣告が遅延したからといつて、その禁止が解除されると解することは、甚しく債権者間の公平維持の原則に反し、破産法一〇四条および和議法五条と六条の立法趣旨に反することになる。

また、本件破産はいわゆる牽連破産であるが、これは、和議手続が不成功に終つた場合にやむをえない措置として破産的清算によつて後始末をつける制度であつて、和議手続で行なわれた手続まで覆滅して清算されるわけではなく、その手続は確定させ、これを肯認したうえで破産的清算手続が行なわれる(例えば、和議法六七条、一〇条後段参照)ところにこの制度の本旨があると解すべきであり、この本旨に照すと、本件相殺の原因たる被告の債務負担行為の如きは、和議法五条と六条によつて絶対的に(破産法一〇四条二号但書の適用もないという意味において)相殺禁止の場合とされて確定をみているのであるから、和議法九条によつて牽連破産となつたことの一事をもつて相殺が許されると解すことには合理性がなく、本件相殺についてはなお和議法五条と六条をもつて律すべきものと解する。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1と2の事実および抗弁1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  再抗弁について

1  再抗弁1と2の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  そこで、再抗弁3につき検討するに、被告の東京支社(経理課)が再抗弁1の事実を知つていたことは被告の自認するところであり、証人野田修一良の証言および弁論の全趣旨(被告の株式会社登記簿謄本など)によれば、右東京支社は被告の一支店であつて、被告と独立して取引の主体になりうるものではなく、被告本店の指揮命令を通じて営業上もこれに従属する営業所であること、破産会社は、本件契約前に昭和五一年一一月三〇日まで(この点は当事者間に争いがない)かなりの期間、右東京支社または被告本店を通じて被告との取引を継続してきたものであり、そのいずれかに電話と文書で再抗弁1の事実を通知したことが認められ、かかる事実関係のもとにおいては(少なくとも、破産会社との取引に携つていた右東京支社が再抗弁1の事実を知つていた以上)、被告は再抗弁1の事実を了知していたものと認めるのが相当である。

しかも、成立に争いのない甲第四号証、証人藤江敏男の証言およびこれにより真正に成立したものと認められる甲第五号証、証人小山富太郎および同野田修一良の各証言によれば、被告の本件契約担当者は被告代表権を有しない京都の工場長小山富太郎であるが、同人は本件契約締結前に破産会社の経営状態に不安を感じ、破産会社の担当者に対し、その旨を伝えるとともに本件製作物につき第三者による納入保証をとることを要求したこと、被告がかかる納入保証を要求することは異例のことであり、右工場長が契約の担当者として契約書に署名捺印したのも本件契約が初めてであつたこと、本件契約書(甲第四号証)の納入保証の条項中には「乙(破産会社)が本件物件の納入について履行不能の状態となるか、又その恐れの感知されるときは丙(訴外有限会社高松電機)は乙にかわり甲(被告)に対する納入責任を負い且その事の保証をなすものとする」とある(なお、破産会社と右訴外会社間の右納入保証に関する約定書(甲第五号証)中には、右「事態が発生又は感知されたる場合、甲(破産会社)に於て製作途中の機器、部品、材料及び図面等は乙(右訴外会社)の指定する場所に速かに移動するものとする」とある)ことが認められ、この事実に前記事実関係を併せ考えると、右工場長も本件契約締結の際再抗弁1の事実を知つていたことが推認できるのであつて、証人小山富太郎の証言中右認定に反する部分はにわかに措信できず(なお、同証人は「昭和五二年の七月か八月頃にも再度破産会社に対し乾燥装置を発注したが、もし同証人が再抗弁1の事実を知つていたのなら、右再発注はありえない」旨供述するが、成立に争いのない乙第一号証の一および証人藤江敏男の証言によれば、被告本店は本件製作物の代金の弁済期(昭和五二年五月三一日)に本件相殺通知書を発送し、その翌日破産会社の経理担当者野田修一良がその代金取立のため右東京支社に赴いたところ、同支社は右代金のうち抗弁3の内金しか支払わなかつたことが認められ、この事実と前記事実関係に徴すると、被告の本店(京都)および東京支社は、同証人が本件契約を締結したことと、破産会社が和議手続中であることを熟知していたものというべく、それにもかかわらず、その後に再び破産会社に対し乾燥装置を発注したという同証人の右供述は措信できない)、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  再々抗弁について

1  本件相殺にかかる被告の本件製作物代金債務の負担が、その負担時期の点はともかくとして、昭和五二年三月一日に締結された本件契約に基づくものであり、右債務負担の原因たる本件契約が破産会社に対する破産宣告の日(昭和五三年三月二七日)より一年前に締結されていることは当事者間に争いがない。

2  そこで、本件相殺に破産法一〇四条二号但書末段の規定を適用すべきか否かにつき検討するに、同規定は、破産債権者が支払停止または破産の申立(以下、危機状態という)を知つて破産者に対する債務を負担したとしても、その債務負担の原因行為の時から、破産宣告もなされないまま一年も経過すれば、その間に危機状態が解消するなど事情が変化することもありうるのであつて、結果的にはその後に破産宣告がなされたとしても、危機状態とその破産宜告との間の因果関係は薄く、破産宣告との間にその程度の因果関係しかない危機状態を知つていたとしても、かかる破産債権者には他の債権者を詐害する意思まではないものと推認できるので、同条二号本文の破産債権者がなした相殺の効力に関する浮動的状態(なお、相殺無効の主張時期については制限がない)を「破産宣告ノ時ヨリ一年前」という基準をもつて解除することにより、同条二号但書末段に該る場合には、むしろ取引の安全を重視して破産債権者の保護をはかつたものと解するのが相当である。

ところで、本件の如く和議法上の和議手続が先行して牽連破産となつた場合につき考えるに、和議開始の申立権者は債務者に限られているうえ、和議開始決定があつても債務者はその財産の管理処分権を原則として失わず、従前どおり事業の経営を続行するのであるから、前記事情の変化の可能性という点からは、当初から破産手続が進行した場合よりも、むしろその度合は大きいともいえるし、和議手続が先行したからといつて、前記破産債権者の危機状態の認識が急に詐害の意思に転化するとはいえない以上、牽連破産となつた場合においても、破産法一〇四条二号但書末段による破産債権者の保護を奪うべき理由はなく、また、このことは、和議法が牽連破産となつた場合につき、破産法の相殺禁止などに関する規定を適用するために支払停止または破産の申立とみなされる事項などを規定しているのに、破産法一〇四条二号但書末段の「破産宣告ノ時ヨリ一年」という期間についてはこれを変更すべきなんらの規定も置いていないことからも窺われるであろう。

もつとも、本件相殺は、和議法五条と六条によつて和議手続が続く限りその期間の長短にかかわらず無効とされていたのに、これに破産法一〇四条二号但書末段が適用されると、一転して有効ということになるが、本件相殺が和議手続中無効とされていたのは、倒産者の再建を目的とする和議法が債務者の再建をはかるために、和議開始とその申立をそれぞれ破産宣告と破産の申立とみなして破産法一〇四条などを準用している(なお、会社更生法一六三条二号は各種倒産手続から会社更生手続へ移行した場合についても配慮している)ため加えられたやむをえない制限であるというべく、その制限の目的である再建が失敗して清算を目的とする破産手続へ移行した場合には、もはや再建のための制限はなくなり、破産法の認める同法一〇四条二号但書末段の前記破産債権者の保護を貫徹すべきものと解するのが相当である。

3  以上検討したところによれば、本件相殺には破産法一〇四条二号但書末段を適用すべきであり、再々抗弁は理由がある。

四  以上の次第で、本件相殺は有効であり、原告の本訴請求は理由なきことに帰するからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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